カイロプラクティック 〜DDパーマーからBJパーマーへ〜

カイロプラクティックの歴史は、1895年、アメリカ・アイオワ州ダベンポートで一人の治療家**D.D.パーマー(ダニエル・デビッド・パーマー)**によって幕を開けました。
彼は当時、「磁気治療師」として活動していましたが、ある日、長年聴力を失っていた雑用係のハーヴィー・リラードの背中に触れた際、背骨の一部(椎骨)の位置異常が聴覚障害の原因であると考え、これを手で矯正したところ、リラードの聴力が回復したといわれています。
この出来事が、**世界で最初のカイロプラクティック・アジャストメント(矯正)**として知られています。

D.D.パーマーはこの経験から、「身体の不調は神経の流れが妨げられることによって起こる」という理論を打ち立てました。
そして、「サブラクセーション(Subluxation:椎骨のわずかなズレによる神経干渉)」という概念を提唱し、これを取り除くことで自然治癒力を回復させるという哲学を確立しました。
これがカイロプラクティック哲学の礎となります。

1906年、D.D.パーマーの息子である**B.J.パーマー(バートレット・ジョシュア・パーマー)**がその理論を受け継ぎ、さらに発展させました。
B.J.は科学的な研究を重ね、神経生理学の観点からカイロプラクティックを体系化。
上部頚椎(アトラス=C1、アクシス=C2)のサブラクセーションが全身の神経伝達に最も深く影響するという考えを提唱しました。
B.J.は「トーン理論(Tone Theory)」を発展させ、脳から脊髄を介して伝達されるInnate Intelligence(先天的知能)**の流れを最適化することが健康の根本であるとしました。

また、B.J.パーマーは1910年代にカイロプラクティックの教育機関「パーマーカイロプラクティック大学(Palmer School of Chiropractic)」を設立。
世界中から多くの学生が集まり、ここから多くのカイロプラクターが育ちました。
彼はX線の臨床導入にも先駆的に取り組み、科学と哲学の両輪でカイロプラクティックを国際的な医療体系へと押し上げた功績者とされています。

D.D.パーマーが哲学を生み出した創始者なら、B.J.パーマーは科学と教育でその哲学を世界に広めた育成者です。
この親子二代の情熱と探求心が、現在のカイロプラクティックの発展と国際的な信頼の礎を築き上げました。

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